第1回

「麺かため」でラーメンはどうなる?

はじめに

日本には様々なラーメンがあって、その多様性と自由さがラーメンを「国民食」にしている。そのラーメンの数少ない共通点は「麺を茹でた料理」であること。その麺の茹で加減は、作り手が決めるものだが、最近は「麺かためで!」と注文する客もいれば、「麺の茹で加減はどうしますか?」と訊いてくる店もある。なぜ客は「麺かため」を頼むのか。それを考える為に、まずは「麺の茹で加減」を訊ねてくる2つのご当地ラーメンから紹介する。

「麺かため」を生んだ「長浜ラーメン」

「日本三大ご当地ラーメン」の一つとしても知られる「博多ラーメン」。福岡市全域で提供されているが、福岡市中央区の一地区を指す「長浜ラーメン」という言葉もある。「博多」と「長浜」は、元来別のスタイルを持つラーメンだったが、現在では両者は区別なく語られている。「長浜」には、1955年に福岡市の鮮魚市場が移転してきて、それに合わせてラーメン屋台も立ち並ぶようになった。

屋台でラーメンを食べる市場関係者は、早く食事を済ませて市場に向かいたい。そこで屋台では早くラーメンを提供できる工夫を凝らした。「長浜ラーメン」のスタイルを定着させた「元祖長浜屋」は、茹であがりの早い極細の平ストレート麺を用い、大盛の代わりに「替玉」で提供。更に早く食べたい客から「麺かため」の声も挙がるようになった。最初は客の要望が生んだスタイルだった。

長浜で生まれた「細麺・替玉」のスタイルが、「博多ラーメン」と融合。その「博多ラーメン」が東京へ、更に全国へと広まった際に、「麺かため」の知名度も高まっていった。「麺かため」より固い「バリカタ」「はりがね」などで注文する客も増えていったが、それを知らない地域の客に、麺の固さの選択肢を貼紙などで周知する店も増えていった。中には、麺についた打ち粉を落とす程度の「粉落とし」や、茹で始めてすぐに麺を上げる「湯気通し」の名前をつける店も登場した。

「麺かため」を定番にした「家系ラーメン」

「麺かため」の選択肢を提供するジャンルとして知られているもう一つが、横浜の「家系ラーメン」。その発祥は、1974年に横浜市磯子区で開業した「 ラーメン 吉村家」。東京の醤油ラーメンと、九州の豚骨ラーメンの「いいとこどり」を目指した豚骨醤油ラーメンとして考案したとのことだが、創業店舗は「磯子産業道路」という幹線道路沿いにあり、トラックドライバーも多く利用していた。

客の好みに合わせて「麺の固さ」「味の濃さ」「油の多さ」を選べるようにしていたが、朝早くから営業していた吉村家では、早く食べて仕事に向かいたいドライバーが「麺かため」で注文していたと思われる。

家系ラーメンの店では、「麺の固さ・味の濃さ・油の多さ」を選べることは共通の特徴になっている。行列店の中には、並んでいる客の好みを暗記して、それを厨房に伝える店員が話題になったこともあった。中でも「麺かため」を頼む客が多く、大釜で一度に茹でる10人ほどの麺全てが「麺かため」ということも少なくない。

ラーメンブームが「麺かため」に市民権を与えた

「麺かため」は、「博多ラーメン」や「家系ラーメン」に限った話ではない。札幌ラーメンのスタイルを持つ六本木「天鳳」や芝公園「天虎」では、「麺かため・味濃いめ・油多め」を意味する「135」が人気メニューとして存在する他、客からの「麺かため」のオーダーに、フレキシブルに対応するラーメン店が増加していった。

そんな「麺かため」を頼む人の理由は、「早く食べたい」だけが理由ではない。麺を芯まで茹でるとくっつくような食感になる為、それを避けて日本蕎麦のような食感を求めて「麺かため」で頼む人がいる。他には、スープが熱かったり、食べる時間をかけたい人が、スープの中で麺が柔らかくならないようにと頼む人もいる。近年は、町中華でも「麺かため」を頼む人も少なくない。具だくさんの分、麺を食べるまでに時間がかかるからと考えている人が多いようだ。

博多ラーメンや家系ラーメンが、ラーメンブームに乗って全国に広まると共に、「麺かため」で頼む人が、ジャンルを問わずに広まっていったのである。

「マニア」は「麺かため」を選ばない?

かくいう私も、ラーメンを食べ歩くようになる前には、麺の固さを選べると告知していないラーメン店で「麺かため」を頼むことが多かった。「通ぶってみたい」という気持ちもありつつ、主な理由は「早く食べて、昼休みの休憩を長く取りたい」にあった。

でも、本格的にラーメンを食べ歩くようにしてからは、「麺かため」を頼むことは稀になっていた。初めて行く店では作り手が決めた基本の固さを味わうべきと思ったし、当時発行されていたラーメン本からも「麺の固さ、まずはふつうから」と教えられた。もっとも、これは私個人の食べ方。「麺かため」を積極的に選ぶラーメン好きも少なくない。

一方で、ラーメン店主の側からは「麺の固め注文は受け付けません」と意思表示をするケースもみられる。麺をしっかりと茹でる腕前を理解してほしいという思いからであろう。

人気博多ラーメン店で「麺かため」を考える

「麺かため」にすると麺は、ラーメンはどうなるのか。それを確認すべく、ラーメン店に行くことにした。今回訪問したのは、足立区の「田中商店」に向かった。「博多長浜ラーメン」を掲げるこちらでは、私も普段から「替玉」をすることが多い。

深夜には行列が絶えない超人気店なので、平日の開店前に訪問。開店してからは次々とお客さんが入ってきた。

こちらでは、麺の固さは「やわ」「ふつう」「ばりかた」「はりがね」の4段階。注文すると麺の固さを聞いてくれるので、まずは「らーめん」を、麺の固さ「ふつう」で注文。

田中商店の「らーめん」。濃厚だがしつこすぎないスープに、博多から取り寄せる低加水の極細ストレート麺が入る。しっかり茹でてあり、スープと滑らかに馴染んでいく。

「替玉!ばりかたで!」と頼むと、即座に麺が茹で釜に入って配膳。もっちりした感じもありつつ、麺の中心部に固さを感じて、シコシコした食感が楽しめる。

二回目の「替玉」は「はりがね」で注文。替玉の見た目からも、細麺がより直線的になったように感じる。麺の固さを全体に感じて食感は楽しいが、麺を噛まずに啜ろうとする人は、麺の固さで喉にひっかかるかもしれない。啜って食べたい人は「ふつう」の固さがベストだと思うが、最近は麺を啜らずに食べる人も多くなったと聞くが、「麺かため」で頼む人が増えていることと、関係性があるのかもしれない。

「麺かため」の要望は、麺を「啜る」ことから「噛んで食べる」ように変化しつつあることの表れとも考えられる。
スープに合わせつつ、独自の食感を主張する麺も必要とされるかもしれない。

プロフィール:山本剛志さん

1969年東京都生まれ。2000年の「テレビチャンピオンラーメン王選手権」で優勝。

全国10000軒以上のラーメン店を巡り、ブログなどでラーメン情報を発信中。日本ラーメンファンクラブ実行委員会代表委員。

プロフィール:山本剛志さん

1969年東京都生まれ。2000年の「テレビチャンピオンラーメン王選手権」で優勝。

全国10000軒以上のラーメン店を巡り、ブログなどでラーメン情報を発信中。日本ラーメンファンクラブ実行委員会代表委員。

※このページの掲載情報は2025年3月時点のものです