平岩理緒さんが迫る「トップパティシエの仕事」

vol.5 フランス菓子16区 三嶋隆夫シェフ 職人仕事を守るためにするべきこと。地域と結び付き、人を育てるとは?

菓子職人の方々へのインタビュー連載。今回は、福岡市の「フランス菓子16区」オーナー、三嶋隆夫シェフです。スイス・フランスでの修業を経て帰国後、1981年に地元・福岡市に自店をオープン。以来、一店舗を守り続け、「自分のつくったものは自分の目の届く範囲で売る」「鮮度を一番大切にする」という方針を貫いていらっしゃいます。「職人としてこのように生きたい」と憧れ慕う多数の後輩達に向け、日頃の想いや、今後さらに目指したいことについて伺いました。

前編後編

大人気店のシェフの考え方、態勢とは

平岩
今日はどうもありがとうございます。福岡県洋菓子協会の2018年新年会で、「90歳までやるつもりだが、あと16年しかない!」とご挨拶されたのがさすがだと、参加された方々の間で話題になっていました。やりたいことが、まだまだ沢山おありなのですね。
三嶋
本当にあと16年しかなかね。こちらのビルに移転してから27年。最初の店は約10年。あっという間ですね。
平岩
さっき、違うフロアからお電話がかかってきましたが、館内放送のように指示を伝えられるようになっているんですね。
三嶋
そう。フロアが分かれると直接見えなくなるから、意識して情報共有できるようにね。地下1階からあって6層。上の方は事務スペースになっていて、テラス席もあるから、後で案内しましょう。
平岩
今、スタッフの方は何人くらいいらっしゃいますか?
三嶋
今は、製造、販売、事務、電話オペレーターがいて、合計40数人くらい。
平岩
電話オペレーター専門の方がいらっしゃるのですか。そういえば私も、お取り寄せをお願いすると、いつも折り返しお電話いただき、丁寧にご対応いただいています。毎年、クリスマスのシュトーレンなども大人気で、全国から注文がありますものね。
三嶋
シュトーレンは8月くらいから予約を受け付けるけれど、予約分200本ほどはあっという間に埋まってしまうね。11月10日くらいから販売し始めて、11月末頃に作り足すけど、焼き上がってから10日は立たないと出せませんから。で、12月中旬頃には毎年完売してます。
平岩
12月に新聞で紹介された年には、「1月になってもいいから販売してほしい」と全国から沢山の注文があって、クリスマスが終わってからもさらに追加でつくられたと伺いました。
三嶋
ありがたいことだったんですが、1月には「ギャレット・デ・ロワ」もあるし、バレンタインの準備もしないといけません。もうこれで打ち止め!と見切りをつけまして。2017年は、前年に買えなかったというお客様も多かったので、早めに準備して販売した。12月、3月は毎年、一番忙しいね。

働き方改革の問題にどう取り組むか

平岩
そんな中で、スタッフの方々の労働時間が超過とならないよう、どのような取り組みをなさっていますか?
三嶋
まとまった休みが全くないのは駄目だと、年2-3回は店自体を休むことにした。
普段、店の定休日は週1日やけど、スタッフは交代制で週休2日休めるようにしてます。営業時間も、以前は朝9時から20時ですが、今は終わり時間を1時間早めて19時まで。喫茶コーナーも、今年の1月から木曜日も休みにしたり。残業手当ももちろん出します。昔と今とでは時代が違いますから。
平岩
お店の長期休暇はいつ取られていますか?
三嶋
正月休みと、あと、6月上旬にも1週間休みを設けています。自分はこの時に昔から「はやぶさ会」というのをやっていて、パティシエのメンバーや業者の方々とゴルフをするんですが、もう23年はやっているかな。スタッフ達はこの間、首都圏のお店に研修に行ったりもします。神奈川の「リリエンベルグ」や東京の「お菓子屋ビスキュイ」、埼玉の「ププリエ」と、お互いのスタッフを1週間トレードしてますね。特に「リリエンベルグ」の横溝さんのところとは、そういうことを定期的にやってる。よそを見ることで勉強になりますからね。
平岩
そういえば私も、それらのお店で、「16区」のコックコートを着た方にお会いしたことがありました。会社の制度としてそこまできちんと取り組んでいらっしゃる例は珍しいですよね。
三嶋
うちには、10年以上勤めているスタッフも多く、今7人くらいかな。「16区」に勤めているというだけで「凄い」と評価していただいてしまいがちなのですが、「いるだけでは意味が無いぞ」と日頃から言ってます。販売のマネージャーは18年勤めてますし、オペレーターにも10年くらい勤めてる者がいる。
平岩
安心して任せられるベテランの方ですね。
三嶋
今、「ブラック企業」というのが問題になっているけれど、意味も無く遅くなるというのはブラックだと思う。たとえば、仕事が終わってコンテストの練習をしたいというのに、それは残業だから駄目と言っていたら、職人仕事が廃れていくのではないかと思いますね。
うちは、コンテストの練習のために会社の材料を使ってもいいという方針。一方で、原価がかかるものだから、その分お金をもらうという考え方もあるでしょう。どちらがいいのかというのは難しい。でも彼らをできる限り応援します。
平岩
お店に入社したスタッフの方は、どのような経験を経て、ステップアップしていかれるのですか?
三嶋
パティシエとして入社すると、9月半ば頃まで、朝は製造に入り、朝礼後、販売に入る。5階の発送専門セクションのリボンかけなんかの仕事や、電話オペレーターの仕事も見ながら学びます。製造だけでなく、お店にどのようなお客様がいらっしゃるのかということや、どのようなサービスをしているのかということを把握するためやね。
平岩
貴重な経験ですね。包装や発送はもちろん、電話対応がきちんとできるといったことは、とても大切ですね。
三嶋
その後、製造のそれぞれの持ち場に分かれます。粉系を扱い生地を仕込むトゥーリエ、窯を見るフールニエ、仕上げのアントルメティエ。それぞれ最低1年、窯の担当になると3年はいます。
平岩
それは、ご本人の希望も反映されるものですか?最近は、面接を定期的にしっかり行うようにしているというオーナーシェフのお話も伺います。
三嶋
これについては、全て自分が決めていて、本人の希望は聞きません。いいところを伸ばすとか、足りないところを補うとか、そういった見極めはシェフのすることですから。面接で色々聞くのもいいが、そうかしこまった場でなくても、夜にちょっと飲みに連れていったり、そういう場面で話を聞くようにしてます。
平岩
三嶋シェフは福岡県洋菓子協会の会長でもいらっしゃいますが、今、製菓業界全体が直面している、働き方を見直すという問題について、どのように徹底しようとされていますか?
三嶋
週休2日というのはもう、法律で決まっているものですから。洋菓子協会の会報誌『GATEAUX』誌を発送する時、「会員の皆様・・」って、そいういう告知を挟んで送ってますよ。
スタッフを社会保険に入れてないというのも、法的に駄目。うちは週に24時間以上働く人は、パートさんでも入っている。今は、そうやって制度をきちんと整えておかないと、人が来ない。
平岩
スタッフの方が辞めてしまって、シェフがお一人でつくることになって、悩んでいるというお店もあります・・。
三嶋
うちの周りにもあります。去年も、それで店を閉めざるを得なかった者が2人いた・・。
自分の頃は、日本の教育制度が「働くことは美徳」という風潮だったけれど、今は、“遅くまで仕事をするのはとにかくよくない”という態勢。ただね、自分は、がむしゃらになって働く時期があってもいいと思いますよ。でないと、日本の技術はどうなるのか?とも思う。
平岩
そういうお気持ちを持たれつつ、でも、法律は守る、残業代もきちんと支払うというお考えが、三嶋シェフらしいですね。
三嶋
1日の仕事がどうしても長くなる時はあるから、その分、週休2日制は守らないと。1年生のうちは、まだ週休2日ではなく、2年生からその体制にしています。
平岩
2018年度も、新入社員の方が入っていらっしゃるのですよね。採用を決められる時の基準は、どういったことなのですか?
三嶋
まず、面接の時にこちらの顔をしっかり見ること。声がハキハキしていること。新聞を読んでいるかどうか。まぁ、ほとんどが購読はしていないんだが、常識をわきまえているかどうか。それから、どれだけ仕事に向き合おうとしているか。そして、それがこちらに伝わるかどうか。
平岩
最近は、就職した本人は頑張ろうとしていても、親御さんからクレームを受けるというケースもあるようです。
三嶋
うちは、一次選考から二次選考に進む時に、ご両親にも同じ話をします。繁忙期の多忙な状況についても、隠さず話します。そういったこともあって、後から怒鳴り込まれた・・といったことはありませんね。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2018年1月)のものです。
最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。

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