平岩理緒さんが迫る「トップパティシエの仕事」

vol.5 フランス菓子16区 三嶋隆夫シェフ 職人仕事を守るためにするべきこと。地域と結び付き、人を育てるとは?

前編後編

地域に貢献するという、強い想いと行動力

平岩
三嶋シェフは、お店のお仕事、洋菓子業界関係のお仕事以外にも、地域に貢献する様々なご活動をボランティアでなさっていますね。
三嶋
地元の学校に呼ばれることも多いのですが、自分の話をするというよりも、地元にこんな偉人がいたんだよといったような話をしたり。明治時代に、富士山の気象観測所建設のために貢献した福岡の鳥飼村出身の野中夫妻の話とかね。
平岩
熊本地震や朝倉の水害の際も、復興支援のためにいち早く行動されていたことに、心打たれました。
三嶋
神戸や東北、熊本が地震で被災した時は、乳業メーカーの協力で冷凍車に生ケーキを載せて、現地にも行きました。ロールケーキ12,000個の予定が、実際には15,000個くらい提供したかな。こういう生菓子を食べたかったんですという方が多くて、喜んでいただけました。朝倉の時には、お客様からの金額をそのまま支援金にするという「あひるクッキー」を販売して、70万円くらい集まったね。
平岩
「リリエンベルグ」の横溝シェフも、震災復興のため鳥の形の「ハッピーバード」クッキーを販売されましたが、こちらの「あひるクッキー」はちょっと愛嬌があって可愛いですね。私もささやかながら購入させていただきました。地震発生から数日後にはもう販売されていらして、素早い対応に感銘を受けました。

お菓子の素材選びについてと、これからやっていきたいこと

平岩
お菓子づくりにおいて、三嶋シェフは、日本各地の季節ごとの旬のフルーツを探して、積極的に使っていらっしゃいますね。
三嶋
苺やブルーベリーは主に福岡産で、リスクヘッジもあるので、いくつかの産地から買うようにしているものもあります。 でも、石垣島のパイナップルや、奄美大島のパッションフルーツなど、絶対にこの生産者のものでないと、というのもある。新潟のシャインマスカットもそう。“人”にこだわって、どういう考えでつくっている人かという、「気持ち」を見てますね。
平岩
果物の産地や品種で選んでいるというよりも、つくっている「人」で選んでいるのですね。粉についてはいかがですか?
三嶋
あぁ、そういえば店をオープンする時に、日清製粉の粉を使うことになったのも、人のご縁で繋がった、というのがあって。今も、「スーパーカメリヤ」や「スーパーバイオレット」をずっと使ってます。「エクリチュール」は、使ったことがないけど、面白い物があったら持ってきてください。
平岩
エクリチュール」は、フランス産小麦使用の粉で、サブレとかがサクッとほろっとした食感になるそうですよ。
素材をつくる人と使う人の出会いがあってこそ、というのは、「フランス菓子16区」のお菓子に現れていると思います。
三嶋
目指すところは、「感じのいい店」。たとえば「お菓子が美味しい」も、「接客が気持ちいい」もそうだし、「経営をしている」という感覚はありませんね。
平岩
三嶋シェフが、これからさらに、やっていきたいと思うことはありますか?
三嶋
店をどうこうしたい、というのではなく、看板商品をまだもう1つは出したいね。「ブルーベリーパイ」や「ダックワーズ」以外にも、“売れる物”ではなく、自分自身が納得できる物を。
平岩
新しい素材との出会いというのが刺激になることもありますか?
三嶋
あぁ、大いにあります。新潟産の洋梨“ル レクチエ”の生産者の方が、生き物だから音を聞いているはずだと、畑にスピーカーを入れて、クラシックを聞かせてるんです。花芽の時期、花が咲いている時期、結実する時期、果実を熟成させる時と、それぞれ音楽も違う。そういう人と、お付き合いしていきたいと思います。
生産者の方がうちの店にいらして、その方の育てた苺が使われているのを見て涙を流されたことがあって、少しはお役に立てているのかなと思いました。
平岩
三嶋シェフは、生産者の方やお客様、スタッフの方々との心のふれあいを大切にしながら、これからもずっと、菓子職人としての道を進んでいかれるのでしょうね。今日は、熱いお話をありがとうございました。私も励みとなりました!

三嶋隆夫シェフ プロフィール

1944年、福岡市生まれ。大学卒業後「帝国ホテル」に入社し菓子職人としての礎を築く。結婚後は夫婦で渡欧し、スイスやフランスのニース、パリで4年余にわたり修業。パリでは大女優のカトリーヌ・ドヌーブなどを顧客にもつ菓子店「アクトゥール」で日本人初のシェフを勤める。1980年帰国し、翌年、故郷の福岡市で「フランス菓子16区」をオープン。厚生労働省 平成19年度「現代の名工(卓越した技能者)」受章。平成27年秋、黄綬褒章を受章。

三嶋隆夫シェフ

対談場所

フランス菓子16区
福岡県福岡市中央区薬院4-20-10
TEL:092-531-3011
営業時間:9:00~19:00
定休日:月曜(祝日の場合変更あり)
※喫茶コーナーは月・木曜定休(祝日の場合変更あり)

地下鉄七隈線の薬院大通駅から徒歩5分。お店に入ると、季節ごとの華やかなディスプレイと店員さんの笑顔に迎えられます。1981年10月に開業し、1991年に現在の16区ビルに移転。店名の由来は、三嶋シェフがフランスでの修業時代にシェフを務められた「アクトゥール」がパリの高級住宅街16区にあったことから奥様が命名されました。種類豊富な生菓子はもちろん、スペシャリテの「ダックワーズ」や、春夏は「ブルーベリーパイ」、秋冬は「マロンパイ」といった旬を感じさせる焼き菓子類も絶大な人気。2階の喫茶コーナーでいただく「今月のデセール」も楽しみです。

対談を終えて

三嶋シェフ
うちに入社が決まった社員には、司馬遼太郎の著書『坂の上の雲』を読んで、400字詰め原稿用紙20枚以上の感想を出す、という課題を毎年出しています。まぁ、若い者達は、あの作品を読破するのも大変だったり、学生時代にそんなに長い文章を書いたことが無い、というのも結構いる。読めばわかるけど、ちゃんと読んで書いてくるのもいれば、適当に書いてくるのもいるが・・。あの主人公の秋山兄弟は、必ずしも自分の思っていたこと、望んでいた道に進んだ訳ではなかったが、それでも一生懸命やって、志を立てて貫いた。そいうことを感じ取れる者もいる。入社式の時には、その話をします。うちに入社したからには、その子の人生を引き受けるつもりですからね。そうそう、最初に話した屋上のテラス席、眺めがいいでしょう。従業員の休憩スペースにもなってるんですよ。

平岩
私が初めて三嶋シェフのお人柄に触れのたは、自分がこの仕事を始めてまだ駆け出しの頃。あるお取り寄せのムック本でマロンパイをご紹介させていただいた際に、編集者の方からご連絡があり、お店から御礼にお菓子を贈りたいと仰っているとのこと。お言葉に甘えたところ、品物をお送りくださったばかりか、ご丁寧に直筆のお手紙で掲載の御礼を添えてくださいました。御礼を申し上げたいのはむしろこちらです!と、我が身を振り返って、諸々の至らなさに汗顔の至りでした。
三嶋シェフは売り場にお出でになると、お客様お一人ずつに、丁寧にご挨拶をされるのはもちろん、気さくな雰囲気で声をかけられます。それを「当たり前のこと」と仰いますが、そんな温かい雰囲気が、「感じのいいお店」として、地元で愛され、スタッフの方々にも慕われてきた理由なのですね。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2018年1月)のものです。
最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。

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