平岩理緒さんが迫る「トップパティシエの仕事」

Vol.8 ルーテシア 川上啓介シェフ オーナーシェフならではの学びと喜び。変化の中で強めてきた専門性とは?

菓子職人の方々へのインタビュー連載。今回は、新潟市「ルーテシア」オーナー、川上啓介シェフです。創業より25年、新潟を代表する人気繁盛店であり、OBには、現在、東京で活躍する若手パティシエの方もいらして、スイーツファンの間でも知られる名店の一つです。車の業界という異業種からパティシエに転向した経歴の持ち主である川上シェフは、従来の常識にとらわれない自由な発想の持ち主でもあります。そんな川上シェフより、お店や商品づくりに対する考えや、今の製菓業界に対して思うことなど、お話を伺いました。

前編後編

常識にとらわれない店づくりの考え方や、商品の見せ方

平岩
今日はどうもありがとうございます。前に伺った時にも思いましたが、住宅街の中に突然、モダンな雰囲気の建物が現れて、ガラス張りではないので外からショーケースも見えないし、一見しても、お菓子屋さんだとは思いませんね。
川上
この場所には、2001年に6kmほど離れた所から移転してきたんだけれど、普通、皆が店を出すために土地を借りようとしたら、場所から探すでしょう? でも自分は、大家になる地主さんから探して、理解があっていい条件で貸してくれる人を選んで、その人の持っている土地をリストアップしてもらって、そこから選んだ。
平岩
6kmも離れた所からの移転となると、もともとのお客様が遠のいてしまうのでは・・と心配ではなかったですか?
川上
地域一番店になっていたら、どこに動いてもいいだろうと思ってた。ここも、坪単価はかなり安く借りられたから、初めからこの広さでいくことができたよ。
平岩
数年前に伺った時と、店内レイアウトの雰囲気が変わったようです。焼き菓子ギフトがより選びやすい陳列になりましたね。
川上
一番初めの店では、売り上げのほとんどが生ケーキで、9割を占めていた。移転してからも、最初は、喫茶が5%、焼き菓子が10%くらいで、あとは生菓子。でも、今は生と焼きが半々くらい。それに伴って、厨房のレイアウトも変わっていったな。
平岩
店内に入ると、白で統一されたギフトボックスが並んでいて、明るく綺麗な雰囲気です。
川上
焼き菓子の比率を高めていった最初のきっかけは、焼きドーナツだったね。当初は、やりたくないと思っていたんだが・・(笑)。
以前は、フランス菓子の焼き立て販売をしていたけれど、これがなかなか売れない。当時は、焼きドーナツが流行り始めていて、色々なお店の品を食べてみたけれど、自分が美味しいと思う物が無かった。自分なら、他店の物よりいい材料を使って、もっと美味しいのができると思って、やることにした。これを発売したら、一気に売れた。
次はラスク。次はレモンケーキと、どこよりも美味しいのをつくろうとやっています。
平岩
クロワッサン生地のラスクは2種類ありますね。ドミニカ産とマダガスカル産のカカオを使用したチョコレート入りと、沖縄産黒蜜を使用したもの。ココアパウダーでなくチョコレート入りだったり、黒糖の豊かな風味だったりと、とてもリッチです。箱に描かれた箔押しのロゴや絵柄もお洒落!
川上
以前は、折り畳み式の箱を使っていたけれど、移転後、販売スタッフが箱を折っているとお客様に挨拶をしそびれたりして、接客のレベルが下がってしまった。だから、接客に集中できるよう、貼り箱に変えたんだけれど、結果的に高級感も出て、ギフトの売り上げ増にもつながった。まぁ、貼り箱は場所もとるので、包材の保管場所も必要になるけれどね。
平岩
ギフト菓子の日保ちについては、どのように考えられますか?
川上
うちは、エージレスは入れない。でも、カビのクレームはほとんどなくて、25年間で1件だけ。栗を入れた商品だった。あれは水分が多くなるので要注意だね。
作業時は必ず手袋をする。人間の手が一番細菌が多くて、触った手の形にカビが生えたりするくらいなんだよ。
エージレスを入れても、たとえば10個入りの詰合せに1個入っていた場合、1個分を開封したら、残りの9個はすぐに劣化して味が落ちていくからね。
平岩
確かに・・。エージレスが入っていること自体でも、出来立てから風味が変わっていきますし、過信はできませんね。
川上
自動包装機も入れたんだけど、うちは焼き菓子全て、そのままでなく、トレイに入れて包装してる。フィルムも厚くて、普通の倍くらいのを使っている。他店とは違う見せ方を考えているよ。
平岩
レモンケーキの包材、すごくいいです!レモンケーキって、上がけのグラスとかパータグラッセが袋にぺったりついてしまって、出す時に剥がれて綺麗にいかないものが多いのですが、凹形のトレイに入れてから包装しているので、表面がこすれず、綺麗なままで感動しました。
川上
やってみないとわからないこと、読めないことも多いから、色々と採り入れながら、やってみています。

スタッフへの福利厚生を充実させる

平岩
今、社員の方はどのくらいの人数ですか?
川上
製造の社員は10-11人くらい。出産や育児でいったん辞めたOGが、パートで来てくれたりしています。経験の浅い社員より仕事もできるし、ありがたいね。15年勤めているという女性もいる。皆さん、もっと太っ腹に、女性スタッフに産休を取らせてあげればいいと思う。社会保険にも入るし健康診断も導入していて、女性は、乳がん検診も受けられるようにしたよ。
平岩
社員の方々の福利厚生に、力を入れていらっしゃるのですね。
川上
女性スタッフの誕生日には花束を贈るという習慣もあって。男性は本人じゃなく奥さんの誕生日にね。社員旅行も全額支給だし、ご家族も招待しています。このようにやっていかないと、今は、人がどんどん抜けてしまう時代。今、いる子達がどうしたら満足するかということを考えていますね。
平岩
それはすごい・・!ご家族のご配慮まで、行き届いていますね。
川上
健康管理も大事。1万円の食事手当てを出していますが、朝はまかないがあって、冬場は夕食も。味噌汁も、利尻昆布やかつおぶしできちんと出汁を取って、刺身とかもちゃんとした物を出す。季節には新潟の茶豆とか。パティシエは、味を覚えていかないと。味覚がしっかりしていなくては、たとえば乳の質や風味を見極めることもできない。味がわかってきて、試作でうまくいくようになったら、仕事も楽しくなってくる。
平岩
なんときめ細やかな・・。若いパティシエの方達は、あまりちゃんとした物を食べていないことがありますものね。
川上
菅又がここで働いていた時代とは、路線変更したかもな。今は、親のような気持ちで接さないと、やっていけない。3人くらい連れていって一緒に飲んで話をすると、そこで初めて、家族のことを聞いたり、「こういう考え方をする子なんだな」と理解できたりする。
平岩
こちらのOBで、今は東京で独立開業された「Ryoura」の菅又亮輔シェフですね。このインタビューにも、第2回目でご登場いただきました。日頃のお仕事の中では、スタッフの方とどのように接していらっしゃいますか?
川上
大きくは生菓子と焼き菓子に担当が分かれています。最近は、商品開発は、若い子達に任せるようにしている。以前は、自分で考えていて、それを誰に再現させるか、と考えていましたが、言われたとおりにできず失敗ばかり、となってしまう。試作を10回くらいやっていると、自分で出来るようになるね。
平岩
販売スタッフには、パートの方も多いですか?
川上
計量や洗い物、包装もやってもらっています。販売スタッフには、「パティシエ イナムラ ショウゾウ」の稲村省三さんがやっている「全日本ヴァンドゥーズ協会」の資格試験に挑戦させていますが、以前は、東京に行かないと研修や試験を受けられなかったけれど、要望を出して、新潟でも受けられるようにしてもらいました。研修や試験の費用がかかるので、合格したら3万円のお祝い金を出すという形で補助しています。まぁ、今の子達は、目の前に人参をぶら下げないと動かないところがあって・・。稲村さんの所は、研修や試験にかかる費用は全額支給されているね。
厨房の製造スタッフでも、資格を取りたい子は行けるようにしている。お盆時期とか、パートの人はお休みになることが多いので、製造の男性も接客しなくてはならなくなるからね。この資格を持っていれば、少しは自信をもって出ることができるようになる。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2018年8月)のものです。
最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。

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