世界大会を振り返って
- 平岩
- 伊藤シェフは、「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」日本代表に選ばれ、2019年1月にフランス・リヨンでの大会に出場され、準優勝を遂げられましたね。私も現地に応援に行きましたが、ご自身のお店を経営しながら、この大会に挑みやり切った伊藤シェフの気迫は凄いなと思いました。当時を振り返っていかがですか?
- 伊藤
- コンクールをやることについて、自分の師である「ラ・ヴィ・ドゥース」の堀江新シェフや、前団長の「エーグルドゥース」寺井則彦シェフから、「やるとなったら大変だよ」とは言われました。日本代表になるまでも必死にやりましたが、なってからの気持ちの切り替えも大変でしたね。本当に出来るのか、と自問自答しながら、もう一度、自分のモチベーションを上げていかなくてはならなかった。フランスでのコンクールに出た際は、ガレット・デ・ロワの時も、「クープ・デュ・モンド」の時も、終わった途端にインフルエンザでダウンしたくらい、それまで気が張りつめていた感じでした。「1人だけ戦時中みたい」と言われるくらい、ガリガリに痩せましたね(笑)。
- 平岩
- 「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」は1月下旬開催ですから、お店の超繁忙期に当たりますし、大変だったことでしょう・・。


- 伊藤
- チーム戦の大変さについて、日本チーム団長の「ラ・ローズ・ジャポネ」五十嵐宏シェフにも、「喝」を入れられていましたね。正直、もう思い出したくないくらいなんですが、12月11日が年内ラストの通し練習で、その後、クリスマスやガレット・デ・ロワでめちゃくちゃに忙しく、スイッチを入れ直せなかったんですね。1月に皆で本当に最後の通し練習をした際、飴細工を壊してしまったんです・・。そこから1人でものすごく練習をしました。その時に、前回出場された「シュゼット」の駒居崇宏シェフに励ましていただいたことが忘れられず、次は自分が支える番だなと思いました。受けたご恩は、次の世代の子達に返していかないといけないですね。今の若い子達の技術はすごいと思います。「ジャパンケーキショー」などを見ていても、すごい作品が出てきますよね。
- 平岩
- つい最近までコンクール最前線で闘われた伊藤シェフでも、そのように思われるのですね。コンクールに挑戦してきたことで、よかったと思うことは何ですか?
- 伊藤
- コンクールは、1位になる作品って圧倒的なんです。審査員の心を鷲づかみにするんですね。店も同じで、お客さんの心をどうつかむか、ですよね。
自分は、常にお客様を見ることが大事だと思っていて、先頭に立って挨拶もします。お菓子を作っていると、作業的になってしまい、誰のために作っているかを忘れがちになることもありますが、それではいけない。自分は、ホテルやレストランも経験していますが、町場の菓子店のよさって、お客様との繋がりが感じられるところなんですよね。

お客様の心をつかむためにするべきこと
- 平岩
- お客様の最近の傾向や、求められているものの変化を感じる点はありますか?
- 伊藤
- 自分は、「流行」というのにそれほど敏感な方ではなく、むしろ疎い方です。でも、お客様が買っていかれるものが変化しているというのは感じます。それに合わせて、たとえば、エクレールのようにフォンダンをかけるような手作業の多い品も、一度やめていたのを再び出すようにしたり。お酒を使っているものは無いかと聞かれたりもするので、サバランを出すようになり、季節のアレンジを加えたりしています。
- 平岩
- 「サバラン ヴァンルージュ」とか、「サバラン マロンポワール」「サバラン ショコラオランジュ」といった季節商品を出していらっしゃいますよね。
- 伊藤
- 「ラ・ヴィ・ドゥース」の頃や、フランスでやっていたことをそのままやっても、お客様からの手応えはいまいちなんですね。
- 平岩
- やはり、地元のお客様の嗜好に合わせて、変化させていらっしゃいましたか?


- 伊藤
- たとえば、うちのプティガトーのショートケーキは、7号サイズの10カットで、大きめなんです。元々は6号サイズをカットしていて、もっと安かったんですが、なぜか売れなかった。一方で、「ムラングシャンティ」もうちの定番商品なんですが、そのような、サイズの大きい品が出ていた。それで一度、手違いで8号サイズのショートケーキを作ってしまったことがあり、それを12カットして販売したら、すぐ売れたんです。だから今は「苺のグランショート」として、大きなサイズで販売しています。

- 平岩
- なるほど。ホールのショートケーキは4号、5号と揃えていらっしゃいますが、プティガトーバージョンはパッと見ても大きめサイズで、ショーケースの中でも、存在感がありますね。銀のアラザンが飾られて、特別感のある仕上げになっています。
- 伊藤
- 2019年から「株式会社アニー」の顧客管理POSレジシステムを入れて、数字の分析もするようにしています。生菓子の数を決める時にも有用ですね。
- 平岩
- これまで、お菓子業界のノウハウは、感覚的に伝えられてきた部分が多いですが、数字の裏付けも得て、合理的に説明していく時代になっていますね。
- 伊藤
- スタッフに教える時も、次にまたちゃんと別のスタッフに教えられるようにしなくてはいけないので、1から10まできちんと言うようにしています。終礼の時にも、品物の入れ忘れとか、失敗も含めて皆に伝えますね。失敗談を次に活かせるかどうかで、倍くらいの差が出ると思うんです。
何人かで仕事をやっていくと、わからなくなってしまうので、掃除のし忘れなども無いよう、チェックリストを作ったりしています。
- 平岩
- 伝え方も大切、というのは仰るとおりですね。これから、若い世代の方々に伝えたいことや、新たにやっていきたいことはありますか?
- 伊藤
- 自分の若い頃と比較すると、今は、独立して店を出したい、という子ばかりではないですね。でも、何かしら目標を持たないと。考え方が変わると、行動も変わる。そうすると、人生が変わっていくんですね。
自分自身がやりたいことと言うと、今の店舗はやはり手狭なので、場所を移りたいという気持ちはありつつ、大家さんがいい方なので、このご縁は大切にしたいですね。
ケーキとは違う業態をやりたいですね。パンも好きなんです。2020年春から、クロワッサンを始めたんですよ。人手も足りていなかったんですが、頑張りました(笑)!「ラ・ヴィ・ドゥース」時代の先輩と一緒に粉の勉強会にも参加したりして、「日清製粉プレミックス」さんの、ストレート法で、湯ごねのような食感を表現できるという食パン用のプレミックスとかも試しましたよ。

- 平岩
- そうだったのですか!八王子エリアも、パン屋さん激戦区かと思いますが、伊藤シェフが作られるパン、興味津々です。
「ガレット・デ・ロワ」を作られる時も、粉にこだわって色々試されたと伺いましたが、パン用の粉にもご興味をお持ちなんですね。
- 伊藤
- 最近といえば、ホームページも新たに作り込んで、オンラインショップも始めました。
- 平岩
- コロナ禍の時代への配慮もあり、2020年にオンラインショップを新たに始められた個人店は多いですね。
- 伊藤
- 予約管理や、決済も事前に済むので、このシステムはクリスマスケーキの予約受付にも使えそうだなと思いましたね。今は、IT補助費の助成金なんかも下りやすいんですよ。
- 平岩
- 2020年のクリスマスケーキは、どのように販売されるのですか?
- 伊藤
- プティガトーはセット売りのみに絞るつもりです。3パターンのセットで写真を撮りましたので、ホールケーキと一緒にチラシに載せます。
- 平岩
- 通常、クリスマスが終わった後に1日お休みを入れるお店が多いですが、2020年のクリスマスは25日が金曜で、26日は土曜なのでお休みしづらい、と悩んでいらっしゃるところが多いですね。「メゾンドゥース」はどうなさるのですか?
ガレット・デ・ロワも、すぐに準備しないといけませんよね。
- 伊藤
- 26日(土)は、店は休業日にしようと思っています。ガレット・デ・ロワは、パイ生地を折って28日から焼かないといけないので、準備を間に合わせないといけませんね。仕込みはスタッフの皆に教えていますが、上の模様を入れるレイエの作業は自分でやらないといけないので。1日、1人で60台くらいがMAXです・・。
- 平岩
- クリスマスから年末まで、お休み無しというのは厳しいですよね。無理してでも働くという時代ではありませんから、しっかりお休みも取られた方がいいですね。
- 伊藤
- 2020年は、講習会などは全てキャンセルになりましたし、出張も10回くらい予定があったのですが、無くなってしまいました。中国とやり取りする話などもあるのですが、全てオンラインになっていますね。
そんな中ですが、「パティスリー・ドゥ・シェフ・フジウ」の厨房から配信された、藤生義治シェフのオンライン講習会も面白かったですよね!試食のお菓子を事前に配送するというやり方もいいなと思いました。これから、あのようなオンライン講習会も増えていきそうですね。
- 平岩
- 藤生シェフの講習会は、私もMC役を務めさせていただきましたが、遠方の皆様の参加も多く、上京しなくても家で藤生シェフの講習会が受けられるなんて嬉しい!ととても好評でした。質問もチャット形式で出来るシステムだったので、リアルの講習会の時よりも、むしろ沢山の質問が入りましたね。
お菓子業界が時代の転換期にあり、さらにコロナ禍によって、加速度的に変化が進んでいくように思います。
伊藤シェフも、これから、さらに色々と新しい挑戦をしていかれることを楽しみにしています。今日は、どうもありがとうございました!
伊藤文明シェフ プロフィール
1979年、愛媛県生まれ。「横浜ロイヤルパークホテル」、「ラ・ヴィ・ドゥース」を経て渡仏。パリの「アルノー・ラエール」などを経て帰国。「小笠原伯爵邸」「パティスリーイチリン 国立店」シェフパティシエを務め、2013年に 「パティスリー メゾンドゥース」開業。2008年に「ルクサルド グラン プレミオ」優勝。2012年に「クラブ ガレット・デ・ロワ」のコンクールで優勝しパリのコンクールで10位入賞。2019年、日本代表として「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」に出場、準優勝を果たす。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2020年10月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。