菓子職人の方々へのインタビュー連載。今回は、2025年9月に改装オープンした東京都板橋区「マテリエル」林正明シェフをお訪ねしました。「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」など世界コンクールでも活躍していらした林シェフ。2010年5月のオープン以来、ファンのみならず、菓子業界関係者が多数訪れるお店です。近年はスタッフの方も続々と国際大会に出場し、さらに注目されています。職場の環境づくりへの考えや、リニューアルの目的、今後の方向性などをお伺いしました。
- 平岩
- 林シェフ、こんにちは。リニューアルオープンおめでとうございます!以前の温かみのある店内も好きでしたが、ぐっとシックで落ち着いた雰囲気になりましたね。「マテリエル」のお菓子は、決して派手ではない色調ながら輝くような色艶、シンプルでいて他に無い形や仕上げが魅力だと思っていますが、そんなお菓子達もよりいっそう映えています。イートインのカウンター席も落ち着いた雰囲気で、窓際ですがブラインドを下ろしてあるので没入感があり、ゆったりとお菓子をいただけますね。
どういった意図でこのように改装されたのか、そのあたりは後ほど詳しく伺っていきたいと思います。
- 林
- こんにちは。開業から15年経ちましたが、今回のリニューアルで、今やりたいことは大体実現できたかなと思っています。
- 平岩
- スタッフの方がコンクールで受賞された飴細工作品も飾られていますね。林シェフも理事を務めていらっしゃる「内海会」が主催する2024年の「第31回内海杯技術コンクール」では、スーシェフの山本陸さんが最優秀賞の「内海杯」を受賞され、2026年にフランスで開催予定の「シャルル・プルースト杯」に日本代表として出場予定です。
過去にも、2016年の「シャルル・プルースト杯」で準優勝し、現在は鎌倉の「ラ・ブティック・ドゥ・ユキノシタ カマクラ」でシェフパティシエを務める佐々木元氏や、2023年に第30回「ルクサルド グラン プレミオ」で優勝し現在は「カルディコーヒーファーム 渋谷サクラステージ店」のシェフパティシエを務める亀谷朱音さんなど、こちらに在籍されてコンクールで優勝、活躍されている方々が何人もいらっしゃいます。林シェフご自身のコンクール歴が目覚ましいだけでなく、スタッフの方々も活躍されているのが素晴らしいですね!



- 林
- 何か指導しているのか、といったことを聞かれたりもするのですが、特に何もしていません。うちの店には、自分の力でコンクールをやろうというスタッフ達が多いんですよね。コンクールって、人に聞くものではなくて、普段の仕事から教わり、学ぶものだと思いますし。
- 平岩
- 自然に集まっている、というのがすごいですよね。多くのオーナーシェフの方々が、どうしたらそのようにやる気のある若者達が入社してくるのか、知りたがっていらっしゃると思います。
「マテリエル」の現在のスタッフは何人ですか?全員が社員でしょうか?
- 林
- 自分以外、製造スタッフが7人いて、全員社員です。販売については、店長が1人いますが、入社すると必ず販売から仕事をするので、研修中で販売のみというスタッフも2人います。
もちろん、入ってきても合わなくて辞めていく子もいますよ。この仕事は、普通の会社に入ってくるような感覚とはちょっと違いますよね。うちは「物づくり集団」という感じで、それが好きな人達が集まっているんですよね。だから、皆が納得して、“やりたいことをやろう”という雰囲気なんです。
定休日も厨房は開放しているので、コンクールなどの練習をしたいという人は自主的にやっています。

- 平岩
- 最近は、特にホテルなどで、残業扱いになるから早朝や終業後に厨房を使って練習するのも駄目、と言われて、コンクールなどに出づらい状況が生まれているという話も聞きます。光熱費や原材料の問題もあり、以前より労務管理が厳しくなっていますね。
- 林
- もちろん、深夜まで残っていて事故が起きたりしたら大変なので、自分は全体の様子を見て調整役をしなくてはなりませんが。店のリニューアルのために8月後半から長期休暇があったので、その間に自費でフランスにお菓子巡りの旅に行っていたスタッフなどもいますし。
うちのスタッフ達は、チームワークはいいですが、自立している個人の集まり、という感じなんですよね。
- 平岩
- 理想的ですね!そのような状態を目指したいが、なかなかうまくいかない、というお店も多いのではないかと思います。「マテリエル」ではなぜ、そのような職場が実現できるのでしょうね・・?
- 林
-
そもそも自分は、お店を始めることを商売的に考えてやったのではなく、「自分が作ったものを皆に食べてもらいたい!」という思いだったんですね。まるで小・中学生みたいな頭の中ですよね(笑)。
彼らも、それに近い感性を持っているのだと思います。
もちろん、現実にはお店を経営するためのお金や材料や人が必要で、来てくださるお客様には感謝するばかりなのですが。

リニューアルの背景と目指したもの
- 平岩
- 2010年にお店を開業され、15年経ちましたが、今回、どのような思いやコンセプトでリニューアルされましたか?
大山駅最寄りというこの場所は、林シェフのご出身地からも近く、土地勘があったと伺っていますが、この町で今後どのようなお店を目指すのでしょうか?
- 林
- 大山の駅前商店街は賑やかですが、この通りはそこから一本入っていますので、またちょっと雰囲気が違っています。
開業した初めの頃は、ケーキを食べるという文化があまり根付いていなくて、お客様も、物珍しいので来てくれている、という感じでした。
店の品揃えも、普通のシュークリームは無くて、その代わりにサントノーレがあるとか、日常のものではない特別な菓子を販売していたので、いらしてくださる方とそうでない方が、はっきり分かれていきました。
15年やってきて、少しずつレベルアップして、自分の腕は開業の頃よりも上がったと思っています。お店にもやる気のあるスタッフ達が入ってきてくれて、よりちゃんとしたものを作れるようになりました。
なので、世界大会に出場したシェフだというのであれば、食文化にのっとったものをきちんと伝えていかなくてはならないという思いも強くなり、2020年頃から、お店をリニューアルすることを考え始めていました。
移転も考えはしましたが、一本入った路地裏のお店という、物件の場所や形などは気に入っていましたし、自分のお菓子の場合は、都心でもここでも、どこでやっても一緒かなと思い、やはりこの場所で自分がやりたいことをよりいっそう表現していこう、と決めました。


- 平岩
- 確かに、林シェフのお菓子は、ちょっと不便でも遠方からでも、わざわざ足を運んででも求めたいというお菓子通の方、玄人の方が多いと思います。都心で交通の便がよくないと行かない、という客層ではないですよね。
- 林
- かつては、ケーキ1つが400円といった価格で販売していましたが、品物には自信があるので、お店自体を高級路線に持っていくことで、価格も上げました。手仕事ですごく手間のかかったお菓子を、ちゃんとそれだけの価値があるものとして見せたいと思っています。イートインでデセールなども提供し、フレンチレストランのように落ち着いて食べてほしいんです。
お寿司屋さんにも、手軽な回転寿司もあれば高級店もあるように、洋菓子店もカテゴリーを分けて棲み分けをしていくのがいいと思うんですね。そのために、自分達はプライドを持ってこの仕事をする必要があると思います。
- 平岩
- 新たに作られたカウンター席のイートインスペースは、とても落ち着いた雰囲気で、ここでお菓子やデセールをいただけるのは、利用する側としては嬉しいです!ただ、これを作るために厨房だった部分を少し削られていますが、手狭になった分、機材が入らなくなったり、製造スペースが小さくなって困ったりといった問題はなかったのでしょうか?

- 林
- 元々使っていた平窯を撤去して、省スペースで済むコンベクションオーブンをもう1台導入しました。平窯の約半分の幅なので、その分でスペースを確保しています。また、壁に棚を設置するなどして、立体的に使うことで器材を収めるようにしました。結果的に、1500×750cmサイズの古い作業台を1台撤去しただけで済みました。元々広めの厨房でしたので、普通くらいの広さになったという感覚で、不便は感じていません。
- 平岩
- そうでしたか。この4-5年で、コロナ禍や人手不足でイートインをやめてテイクアウトのみにされたお店が多く、イートインを拡充するケースは、比較的珍しいと思います。
- 林
- ありがたいことに、遠方からいらしてくださるお客様も割と多いので、ここでゆっくり召し上がってほしいという思いがありました。

- 平岩
- ちょうど最近も、SNSで、初めてこちらのお店にいらしたパティシエらしき方が、「こんなに綺麗なショーケースを初めて見た」と感動されている投稿をたまたま拝見しました。地方からお越しで、生菓子の持ち帰りが難しい方もいらっしゃいますよね。
因みに、「マテリエル」のInstagramのお菓子の写真も、とても綺麗で美味しそうで、と言ってもいわゆる「映え」の演出とかではなく、お菓子の本質を捉え、しっかりと伝えていますよね。あれを見て憧れて店を訪ねるお客様や若いパティシエの方々も多いと思うのですが、あの投稿はどなたがなさっているのですか?
- 林
- Instagram用には自分が写真を撮って、投稿は店長がしています。
- 平岩
- なるほど。林シェフは凝り性でいらっしゃるので、写真の撮影技術についても、ご自身で納得がいくように、色々と研究されているのですね。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2025年10月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。
